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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1506号 判決 1956年4月24日

控訴人(原告) 大藤小一

被控訴人(被告) 郵政大臣

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和二十九年二月二十日控訴人に対してなした停職三日の懲戒処分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金三千三百六円ならびにこれに対する昭和二十九年三月一日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の事実上の陳述は、すべて原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

(証拠省略)

理由

まず、控訴人の懲戒処分の取消の請求について判断する。

控訴人が郵政事務官として、広島市広島駅前郵便局(以下駅前局と略称する。)に勤務中のところ、被控訴人が控訴人に対し昭和二十九年二月二十日懲戒処分として停職三日の処分をなしたことは、当事者間に争のないところである。

被控訴人が右懲戒処分の理由として主張するところについて、以下順次判断する。

(一)  法令に従う義務違反。

被控訴人の主張するところは、控訴人は、駅前局郵便課外務主事であつて、昭和二十五年二月一日公達第五号郵便局組織規程第二十四号第二項に定める主事として「上司を助け、従業員を指揮する」職責を有し、広島郵政局昭和二十七年九月二十五日郵文局第九九九号通達をもつて定めた「法令規則細則を部下職員に解説し、法規通達類を研究してそれを部下職員に指導周知し、誤区分、消印洩れ及び脱落切手の有無を点検しその状況を監査しなければならない」職務権限を有し、郵便の業務に従事しているものであるが昭和二十八年十一月二十五日自己の地位を利用して、他人の請託を容れ、不用品として往信部と返信部とを切り離し、消印され郵便規則第十八条にいう「料額印面の汚染された」往復はがきに「休暇戦術を実施するについての訴え」と題し、全逓信従業員組合(全逓と略称する)広島駅前郵便局支部、支部長田中義一を作成名義者として、十一月二十七日以降郵便事務がおくれるが、その責任は政府にある旨の文言を印刷し、駅前局区内の郵便大口利用者にあてた文書少くとも三十枚以上を、右は郵便法で定める料金に相当する切手、すなわち五円切手の貼付がなければ郵便はがきとして差し出すことができないことを知りながら、そのまま宛先に配達させたものであつて、これは、郵便法第八十三条第二項に違反するものであり、従つて、控訴人は、その職務を遂行するについて法令に従わなかつたものであり、国家公務員法第九十八条第一項に違反し、同法第八十二条第一号に該当するというにある。

まず事実関係について判断するに、控訴人が被控訴人主張の駅前局郵便課外務主事の官職を有することは、当事者間に争なく、控訴人が「上司を助け、従業員を指揮する」職責を有し、「法令規則細則を部下職員に解説し、法規通達類を研究してそれを部下職員に指導周知し、誤区分、消印洩れ及び脱落切手の有無を点検しその状況を監査しなければならない」職務権限を有していたことは、原審証人岡田喜一の証言並びに弁論の全趣旨を綜合してこれを認めることができ、原審(第一回)の原告(控訴人)本人尋問の結果によれば、控訴人は、現に駅前局において特殊郵便物、すなわち書留、速達郵便物をそれぞれの係から受け取つてこれを各担当配達員に配分すること、配達人に対し配置命令を発すること、(配達人に対しその行先、配達区域を指定して、郵便物の配達を命ずることをいう。)郵便物の事故の処理をなすことなどの事務を担当していたことを認めることができる。しかして、成立に争のない乙第三号証の一、二、第四ないし第十三号証、第十六号証、第二十二号証、署名押印部分の成立について争がなく、その余の部分の成立については原審(第二回)証人後藤八郎の証言によつて認められる乙第十七ないし第十九号証、原審証人松本真三、篠田シズエ、汲地キクヱ、大田正雄、後藤八郎(第一、二回)の各証言、原審(第一回)並びに当審における控訴人(原告)本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すれば、控訴人は、昭和二十八年十一月二十五日午前七時前、駅前局に出勤し、同七時半頃田中義一から、郵管第二四五号通達により料額印面を通信日附印により消印し、無効とされ、かつ往信部と返信部とを切り離されていた往復はがきに、「休暇戦術を実施するについての訴え、私達逓信従業員は、かねてより一八、五〇〇円ベース実施を要求しておりましたところ、賃金問題の最高裁判所とも云うべき仲裁々定委員会より「一四、二〇〇円を八月より実施するのが予算上から見ても妥当である」との裁定が下されたのであります。しかし政府は之を無視する態度に出ておりますので、私達は止むを得ず法律によつて許された範囲の斗争を行うことによつて、之に抗議することになりました。従つて、十一月二十七日以降郵便の配達がおくれたり止つたりする事態が生じますが、これらはすべて政府の裁定無視によつて起る責任であることを予めお知らせし、その様な事態の起きない様事前に、郵便局長、郵政局長、政府などに裁定即時実施を要請して載く様お願い申し上げます。十一月二十日、全逓広島駅前郵便局支部、支部長田中義一」と印刷したものを渡され、控訴人は、その部下である駅前局郵便課外務主任松本真三と共に、部下である配達担当者らに命じて駅前局区内の郵便の利用度の高い大口利用者の住所氏名を記載したメモを提出させ、右メモに基き同日午前九時半頃から同十時十分頃までの間に田中義一から渡された右はがきのうち八十枚ばかりの表に自ら区内の郵便大口利用者の住所氏名を記載し松本真三には右はがきのうち十枚ばかりを同様記載させた上、控訴人は、これにあらたに相当料金の郵便切手を貼りつけることなく、これを道順組立台の上において、配達員らをしてこれをそのままそれぞれその名宛人に配達するに至らせたことを認めることができる。

被控訴人は、控訴人の右行為は、郵便法第八十三条第二項に規定せられているところの、郵便の業務に従事する者が不法に郵便に関する料金を免れ、又は他人にこれを免かれさせた行為にあたると主張しているので、右認定事実に基いてその当否を検討する。

(イ)  本件文書は郵便物として配達されたか。

本件文書が全逓広島駅前郵便局支部、支部長田中義一を差出人とし、それぞれ特定の名宛人にあてられた郵便はがきと認められることは、前段認定事実により明らかである。

控訴人は、本件文書は、ビラであつて、郵便物ではないと主張している。控訴人のいうビラとは、戸毎に配布し、人毎に手交される広告引札のたぐいをさすのであらうが、前掲乙第三号証の一、二、同第四ないし第十三号証によれば、本件文書は、その表面に「郵便往復はがき」と印刷してあり、かつ特定の名宛人の住所氏名が記載してある点において、いわゆるビラとは、明らかに異つている。しかのみならず、元来、本件文書の用紙は郵政大臣が郵便規則第十三条規定の規格及び様式によつて発行した郵便はがきでありその後郵便料金の改定が行われたため昭和二十七年三月二十七日附郵管第二四五号、郵務局長、経理局長、資材部長通達によつて売さばきを中止され、料額印面を通信日附印によつて消印することによつて無効とされかつ住復はがきの往信部と返信部とを切り離してあるが、「郵便往復はがき」の印刷部分は抹消せられずにあつたものであることが、前掲乙第三号証の一、二、第四ないし第十三号証、同第二十二号証及び弁論の全趣旨によつて認められるから、本件文書は郵便法第二十二条に規定されている第二種郵便物であつたと認めなければならない。

(ロ)  本件文書は郵便に附されたか。

前段認定事実に、原審証人篠田シズエ、同汲地キクエの各証言を綜合すれば、駅前局配達員篠田シズエ、同汲地キクエらは、本件文書を駅前局道順組立台の上に見出し、昭和二十八年十一月二十五日の二号便として郵便物の配達をした際合わせて本件文書をそれぞれの名宛人に配達したことを認めることができるし、又原審(第一回)並びに当審における控訴人(原告)本人尋問の結果によれば、控訴人は、右日時駅前局配達員がこれを配達することを予期して、本件文書を駅前局道順組立台上においたことを認めることができる。従つて、控訴人が本件文書を駅前局道順組立台上にこれを配達せしめる目的でおいたことは、郵便局の行う書状その他の郵便物を宛所に送達する役務を利用するため、本件文書を郵便物として郵便局に差し出したものというべきである(郵便規則第六十四条第一項参照)。この時本件文書は、郵便利用関係にはいつたのであり、その結果駅前郵便局から各名宛人に配達されたのであるから、本件文書は郵便に附されたものといわなければならない。

控訴人は、本件文書の配達は、全逓組合員たる配達員が業務外の私事として配達したものであり、郵便物の差出行為がなかつたと主張しているけれども、控訴人が本件文書を道順組立台の上においた時、本件文書は控訴人の占有をはなれ、郵便局のなす郵便物配達業務の運営機構の中にはいつたのであつて、この時から本件文書は郵便局の占有に移つたものと認められるから、この時に本件文書は郵便物として郵便局に差し出されたものと認むべきである。控訴人の右行為の結果として、本件文書が郵便局員のなす正規の郵便配達業務である「二号便」として配達される郵便物中に混入され、「二号便」配達の過程において正規の郵便局員によつて各名宛人に配達されたことは、さきに認定したところである。元来「何人も郵便の業務を業とし、又国の行う郵便の業務に従事する場合を除いて郵便の業務に従事してはならない」(郵便法第五条)と定められている法制の下において、しかも、正規の配達業務の一部としてなされた郵便物の配達が、その差出人が全逓支部長であり、配達員が国家公務員たる資格において加入している全逓支部組合員であるという理由の下に、配達員のなす業務外の私事となる理由がない。しかも本件文書は、「郵便はがき」たる表示があり、かつ通信文が記載してあつて郵便物たることに疑を容れる余地のないことは、前段(イ)において認定したとおりである。しかして、配達員のなす業務とは、郵便物を郵便局から各名宛人の宛所まで運搬、配達することに外ならないのであるから、本件文書の配達は、配達員によつて郵便業務としてなされたものと認むべきことは明らかである。控訴人の右主張は理由がない。

(ハ)  郵便料金を免れたか。

本件文書の用紙が、郵政大臣の発行した往復はがきの往信部分と返信部分とを切りはなした上、料額印面を通信日附印で消印してあつたものであつたことはさきに認定したとおりである。従つて右用紙は、郵便規則第十八条にいうところの料額印面を汚染した郵便はがきに該当するもので、これを郵便物として差し出すときにはあらたにその料金相当の郵便切手、すなわち五円の郵便切手を貼りつけることを要するものである。しかも、控訴人がこれを現金納付又は受取人払等の特殊取扱にしなかつたことは、弁論の全趣旨によつて明らかであり、控訴人がこれに料金相当の郵便切手を貼りつけないで、そのまま名宛人に配達させたことは、前段認定したとおりである。それ故控訴人は、自らこれを駅前局道順組立台におくことによつて、これを配達するに至らしめしかも国の機関たる郵便局のなした役務について、法定の料金を払わなかつたのであるから、控訴人は、自ら「不法に郵便に関する料金を免れた」ものというべきである。

(ニ)  控訴人は、「郵便の業務に従事する者」か。

控訴人が駅前局郵便課外務主事として、誤区分、消印洩れ及び脱落切手の有無を点検し、その状況を監査する職務権限を有し、現に駅前局において、部下配達員に対し配達区域を指定して郵便物の配達を命ずる職務権限を有していたことは、さきに認定したところであつて、控訴人は、まさに郵便法第八十三条第二項にいう「郵便の業務に従事する者」に外ならない。

(ホ)  控訴人に犯意があつたか。

控訴人は、郵便料金を逸脱する意思もなく、郵便料金支払義務あることの認識もなかつたと主張しているけれども、控訴人が本件文書を郵便はがきでないと信じていたとしても、控訴人は、本件文書に「郵便はがき」の表示があり、通信文が記載され、特定の宛名人もまた記入されていたこと、これが駅前局二号便中に組み入れられて駅前局配達員によつて宛名人に配達されることを認識して、駅前局道順組立台の上においたのであるから、控訴人の罪となるべき事実の認識に欠けたところはなく控訴人に罪を犯す意思がなかつたと言うことのできないことは言うまでもない。仮に、控訴人が、本件文書に郵便はがきの記載があつても、本件文書は郵便物にならないと信じたとしても、右は刑罰法規を知らなかつたというだけで、罪を犯す意思がないものとなすを得ないものである。

以上(イ)ないし(ホ)の説明を合わせ考えれば、控訴人の本件行為は、郵便法第八十三条第二項に該当するものというべきである。しかして、控訴人の本件行為が、控訴人が駅前局郵便課外務主事の職務を遂行するについてなされたことは、前段(ニ)の説明により明らかであろう。すなわち、控訴人は、部下配達員に対し配達区域を指定して郵便物の配達を命ずる職務、郵便物の誤区分、消印洩れ、脱落切手の有無を点検する職務を有していたのであるから、本件文書を道順組合台におくことは、部下配達員に対し本件文書の配達を命じたものに外ならないのであつて、控訴人の職務の内に包含されるものである。もちろん本件文書の配布そのものが控訴人の職務としてなされたものでないことはいうまでもないが、控訴人が郵便物たる本件文書の配達を命じた点を取り立てて考えれば、控訴人の職務範囲に属するものと言つて妨げない。

従つて控訴人の右処為は、その職務を遂行するについて法令に従わなかつたものであり、国家公務員法第九十八条第一項に違反し、同法第八十二条第一号に該当するものというべきである。

(二)  官職全体の不名誉となるような行為について。

被控訴人は、前段(一)の郵便法違反の行為は、また官職全体の不名誉となるような行為をしたことになり、国家公務員法第九十九条後段に違反し、同法第八十二条第三号に該当すると主張するので考えるに、郵便は、国の行う事業であつて、何人も、郵便の利用については差別されることがないことは、郵便法の明定するところ(同法第二条、第六条参照)、原審証人後藤八郎の証言(第一回)によれば、全逓駅前局支部発送の郵便物が料金不足のまま配達せられたこと、あるいは、当時の郵便はがきの料金は五円であつたにも拘らず料額印面二円のはがきが配達されたことについて公衆から広島郵政監察局に申告があつたことを認めることができるから、本件文書の受領者に郵便局員の組合の発送する郵便物であれば、料金不足でも不足料金追徴等のことなく配達されるが如き感を抱かしめたことを推定するに難くない。このようなことは、郵便局員全体の不名誉となるような行為であり、国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合にあたるものというべく、前段(一)に認定した行為につき、控訴人は、国家公務員法第九十九条後段に違反し、同法第八十二条第三号に該当するものというべきである。

(三)  上司の命令に従う義務違反。

被控訴人は、控訴人が郵便はがきとしての再使用を禁ぜられた用紙を自ら使用し、部下である松本真三に使用させたことが、国家公務員法第九十八条第一項にいう「その職務を遂行するについて、上司の職務上の命令に忠実に従う」義務に違反し、同法第八十二条第二号に該当すると主張するので、その当否を判断する。

成立に争のない乙第二十二、第二十三号証によれば、昭和二十七年三月二十七日附郵管第二四五号通達に基き昭和二十七年四月十一日附広島郵政局報に掲載された広島郵政局郵務部長、経理部長、資材部長より鉄道郵便局を除く各郵便局長あての郵業局第三三六号通達「二円通常葉書等の売さばき中止について」が発せられ、二円通常はがき、四円往復はがきは昭和二十七年四月十日限り売さばきを中止され、これを料額印面を通信日附印によつて消印させることによつて、無効とした上保管すべく、売さばき中止の後はこれを郵便職員技能検定試験用及び郵便競技会用擬信紙に使用すべき旨指示せられたことが認められる。それ故右通達は、控訴人にとつては上司、すなわち職務上の指揮監督者の、命令であると解すべきものである。しかして控訴人が右通達の内容を知つていたにも拘らず、無効とされた四円往復はがきの往信部と返信部とを切り離して、これに前段認定の通信文を印刷したもの約百枚を田中義一から受け取り、同人から「これに名宛を書いて出してくれ。」と依頼されて自らこれに名宛を書き、松本真三にも名宛を書かせた上、これを道順組立台においたことは、原審(第一回)における原告(控訴人)本人尋問の結果並びに前掲乙第十六ないし第十九号証を綜合してこれを認めることできる。しかしながら、控訴人が本件はがきの払出並びにこれに駅前局管内大口郵便利用者に対する通信文を印刷することには全く関与しなかつたことも右証拠によつて明らかであるから、控訴人が本件はがき用紙を使用したものということはできず、単に田中義一が本件はがき用紙を既に使用して作成した信書である郵便はがきの表面に同人の依頼で宛名を書きこれを配達員に配達せしめたに止まるのであつて、本件はがき用紙の使用に関する限り、控訴人は、右使用に対する上司の職務上の命令に従わなかつたものということはできない。

しかのみならず、控訴人は、本件はがき用紙をその職務を遂行することについて入手したものでないことは前段認定事実に照らして明らかであるから、本件はがき用紙の不正使用が控訴人の職務を遂行するについてなされたものであると言い得ない。

以上いかなる点より考えても、本件はがき用紙の不正使用の所為を目して控訴人の所為であり、かつ控訴人がその職務を遂行するについて上司の命令に忠実に従はなかつたものであると認め難いから、控訴人の本件行為を国家公務員法第九十八条第一項後段の上司の命令に従う義務違反であるとする被控訴人の主張は失当である。

(四)  職務に専念する義務違反。

被控訴人は、控訴人が本件文書の宛名書きに従事しさらにこれを駅前局道順組立台の上においたのは、控訴人の勤務時間中であるから、国家公務員法第百一条第一項に違反し職務専念義務をつくさなかつたもので、同法第八十二条第一号に該当すると主張するので、その当否を判断する。

控訴人が昭和二十八年十一月二十五日午前九時半頃から同十時十分頃までの約四十分間、駅前局において全逓駅前局支部長田中義一作成名義の通信文を印刷してある郵便はがき用紙の表に駅前局区内郵便大口利用者の住所氏名を記載し、その後これを道順組立台の上においたことは、さきに認定したとおりである。しかして右の四十分間が控訴人が駅前局郵便課外務主事としての勤務時間であつたことは、控訴人の争わないところであつて、控訴人は、ただ、国家公務員法第百一条第一項の職務専念義務違反となるためには、勤務時間中業務外の余事をなすことにより正常な業務が目に見える程度に阻害されることを要するものであるところ、控訴人の右行為によつてはこのような事態は起らなかつたと主張するに止まつている。

よつて考えるに、控訴人のなした本件宛名書き等の行為は、人事院規則一四ー一、「職員団体に関する職員の行為」によつて、勤務を要しない時間に、国の業務の正常な運営を阻害することのないように行わなければならない職員団体の業務行為、ないしはこれに準ずる行為であると認められるから、控訴人がこれを勤務時間中に行つたことは、これにより国の業務の正常な運営を阻害しない場合でも、国家公務員法第百一条第一項の職務専念義務の違反となるものといわなければならない。

もちろん、控訴人の行為が宛名書きだけに止まつていたとすれば、これだけで国家公務員法第八十二条第一号に照して懲戒処分がなされた場合は、事態は軽微であり、これを懲戒処分にしたことは裁量をあやまつた不当な処分であるといえるかも知れない。しかもこの場合でも、懲戒処分が違法であるとはいえないのである。まして本件の場合は、前段説示の郵便法違反の行為、官職全体の不名誉となる行為と相まつて懲戒処分の理由とされたのであるから、これを懲戒処分の理由に加えたことをもつて違法であるとなし難いことはもちろん、これをもつて懲戒処分の種類、内容について裁量を誤つた違法な処分であるともいうことはできない。

(五)  不当労働行為の主張について。

控訴人は、全逓駅前局支部に属する組合員であり、控訴人の本件行為はすべて全逓の通達に従つてなされた正当な組合活動であるから、被控訴人のなした懲戒処分は、労働組合法第七条第一号に違反する違法の処分であると主張しているので、以下これにつき考える。

控訴人が全逓駅前局支部に属する全逓の組合員であることは、当事者間に争のないところである。しかしながら労働組合法第七条第一項によつて、使用者が労働者に対し不利益な取扱をなすことを禁ぜられているのは労働者が労働組合の正当な行為をした場合に、その故を以て、すなわちそれを理由としてなすことである。よつて控訴人のなした前段(一)(二)(四)において各認定した行為が、労働組合である全逓の正当な行為であるかどうかを検討するに、(イ)控訴人らは、国の経営する企業の職員であつて国家公務員とされていること、(ロ)控訴人らは、同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をなすことを禁止されていること(公共企業体等労働関係法第十七条参照)などから、控訴人らのなす組合活動といえども、国家公務員法、公共企業体等労働関係法の課している制限の下におかれることはいうまでもないことである。従つて控訴人らのなす行為が組合活動としてなされるものであつても、国家公務員法の諸規定のうち控訴人らに適用される規程(公共企業体等労働関係法第十条参照)に違反する行為は、これを労働組合の正当な行為となすことはできないものというべきである。もし控訴人らに適用される国家公務員法の規定に違反しても、労働組合の活動としてなす行為に関する限り懲戒処分をなすことができないとの解釈をとれば、労働組合法第七条第一号に「労働組合の正当な行為」と規定し、特に「正当な」と限定した法の趣旨は失われ、ひいては、国家公務員法の企図する公務員関係において秩序を維持することさえも不可能となるであろう。それ故、労働組合の活動といえども、国家公務員法の規定に反する限り労働組合法第七条第一号にいう「労働組合の正当な行為」と認めることはできないものというべきである。よつて控訴人の不当労働行為の主張は排斥を免れない。

(六)  懲戒権の乱用の主張について。

控訴人は、被控訴人は郵政省の代表者として、全逓との間における公共企業体等仲裁委員会の裁定を受けながら、これを無視して実施せず、一方その裁定実施を要求する全逓組合員たる控訴人に対し懲戒処分をなすことは、懲戒権の乱用であつて違法であると主張しているけれども、全逓が郵政省に対し裁定の実施を求めるためには、法律上許容せられる手段によるを要するものであり、本件において認定したような違法な手段をとることを許されないものである。従つて控訴人の本件行為が前段掲記の法条に該当する以上、懲戒権者たる被控訴人のなした懲戒処分を以て懲戒権の乱用であるとはいえない。しかのみならず、成立に争のない甲第四号証によれば、裁定を実施するためには、郵政省は、公共企業体等労働関係法第三十五条但書により同法第十六条に定める手続をとらなければならぬ関係にあつたことがうかがわれるから、この点も控訴人の主張するところは必しも事実に合しない。いずれにしても、控訴人の懲戒権乱用の主張は理由がない。

(七)  以上説明したように、被控訴人の本件処分には控訴人の主張するような違法の点は認められないし、懲戒処分の内容も停職三日であつて、前段認定の事実関係の下にあつては、被控訴人に懲戒の種類、限度についての裁量を誤つた違法があるとは認められない。従つて本件懲戒処分には、いささかも違法なところはなく、これを違法として取消を求める控訴人の請求は失当である。

次に、控訴人の金員支払を求める訴を不適法として却下すべきことについては、当裁判所は、原審とその判断を同じくするから、この点についての原判決の理由をここに引用する。

よつて、原判決は、その理由において、当裁判所の判断と一部異なるところはあるけれども、判決主文は以上説示したように結局正当であつて、本件控訴はこれを棄却すべきものである。しかして控訴費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 草間英一 猪俣幸一)

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